うつ病とわたし〜地獄の中で支えになった人〜

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うつ病とわたし
1.〜精神疾患とは無縁だった学生時代〜
2.〜初めて死にたいと泣いた日〜
3.〜初めての精神科、適応障害〜

→前回から続きます…

こうやって振り返ると、うつになってすぐ
トントン拍子にうまくいったように見えますが、
うつの渦中はそれはそれは苦しい地獄でした。

*

同期と比べて1番出来の悪い自分。
どうしてこんなに頭が悪いんだろう。
情けない。恥ずかしい。みっともない。
MRの先輩全員が通ってきた道なのに、
なんでわたしはこんなに苦しんでいるんだろう。
弱っちい。惨め。死にたい。
仕事どころか、ご飯を食べて夜寝て
朝起きることすらできない。
いっそのこと誰かに殺してほしい。
そう思いながら、深夜に泣きながら
包丁を手にしたこともありました。

でも、そんな地獄のように苦しい最中。
包丁をお腹に当て、一思いに刺そう、と
力を入れた時。
思い浮かんだのは、弟と妹の存在でした。
もしわたしがこんな形で、
秋田県で死んだと知ったらどう思うだろう。
弟や妹は何一つ悪くないのに、
きっと一生苦しむんじゃないか。
なんの罪もない弟と妹を、わたしと一緒に
不幸のどん底に落とすわけにはいかない。

そうやって、理性を取り戻し
なんとか命をつなぐことができました。
本当に死のうと思った時に初めて、
今までの人生が走馬灯のように思い出され
今までよくしてくれた人の顔が思い浮かび
まだ死ねない、まだ死ねないと
踏ん張って乗り越えることができました。

*

今までの社会人人生の中で
この時の適応障害が1番苦しくて
辛かった。
体重は40kgを切り、抜け毛もひどく
初めて頭のてっぺんがハゲました。
何もかもが苦しくて苦しくてしょうがなかったけれど
影でわたしを救ってくれた人々の存在に
今でも心から感謝しています。

感謝の思いを胸に、2012年4月から長崎へ。
そこには、人生をやり直すための
ステージがありました。

続く…→〜長崎県での返り咲き〜

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