うつ病とわたし〜精神疾患とは無縁だった学生時代〜

こんばんは、まいです。
2月には復職する予定でしたが
休職期間が2月いっぱいまで延びたこともあり、
このブログにもっと自分を記していこうと
思うようになりました。

精神疾患とは無縁だった学生時代から、
初めてうつ病を患い
大きな挫折を繰り返してきた社会人時代。

31歳の現在に至るまで、小さな壁や
大きな壁を乗り越えてきたこともあり
読んでくださるあなたへ何かの発見や
学びにつながれば、と思い
過去の細かい歴史すべてを
書き記すことにしました。
物語は、精神疾患とは無縁だった
学生時代から始まります。
どうぞ暇つぶしにでも
お読みいただけますと光栄です。

*

昭和63年。わたしは福岡県福岡市にて
産声をあげました。
会社員の父とパート勤務の母。
仲のいい2人の間に、第一子として誕生しました。
その1年後、弟が生まれ。
その5年後に妹が生まれ、私たちは
弟妹3人仲良く成長しました。

わたしは顔も性格もすべて父親似。
長女ということもあって勝気で負けず嫌い。
小学校・中学校と、文武両道を目指し
どの分野でも1番を目指していました。

*

しかし、推薦で高校に入学してから。
周りの学力に追いつけず、
ひたすら勉強に取り組むも
特進クラスの授業に追いつくのがやっとなわたし。
国公立大を目指し2時まで勉強、
5時に起きて勉強と勉強漬けの毎日を送るも、
センター試験で大失敗。
大学は、唯一成績の良かった国語を使える
私立大の文学部に入学しました。

高校までひたすら勉強漬けで
青春を後回しにしていたわたしは、
大学で思い切り遊ぶように。
ただ、ちゃんと奨学金をもらえるよう
一年間で勉学にしっかり励み
2回生から利子なしの奨学金を受け取れるように。
バイトをコロコロ変えながら、
恋愛も思う存分楽しんでいました。

*

そんなわたしが大学入試以来本気になったこと。
それが就職活動でした。
2011年入社の就職氷河期真っ只中で、
特に何も資格を持たないわたしは
人生の全てを就活に捧げる勢いで活動を始めました。
九州は就活が始まるのが遅いとわかっていたので、
3回生の夏からわざわざ大阪までなんども出向き
就活セミナーに参加。
そこで、製薬会社の営業職(MR)
という職に出会います。

幼少期から仲の良かった親戚のお姉さんが
学生の頃から看護師を目指していて、
医療関係のお仕事に興味があったわたし。
でも看護の知識もなければ医療関係のことは
何一つわからない…そんな中で、文系でも
応募できる営業職を見つけたのです。
これは運命の出会いだ、と
そこから応募できるすべての製薬会社に
応募しまくりました。
まだ履歴書が手書きだった頃。
応募した会社は、Webエントリーを入れると
ゆうに100社を超えていました。

*

予想通り、100社余りの
お祈りメールをもらいながらも
ビビッときた外資系製薬会社があり、
その本命の1社に勝負をかけ、最終的に
本命に内定をいただくことができました。
その時はもう、嬉しくて嬉しくて。
今までの人生はすべてここに繋がっていたんだと、
ここからの人生でわたしは世のために
大きく役に立てるんだ、と浮き足立っていました。

人生をかけたMRという生きる道。
まさかその道が、うつ病という病に繋がっているとは
本当に思ってもいませんでした。

続く…→〜初めて死にたいと泣いた日〜

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