うつ病とわたし〜初めての精神科、適応障害〜

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うつ病とわたし
1.〜精神疾患とは無縁だった学生時代〜
2.〜初めて死にたいと泣いた日〜

→前回から続きます…

この試験に落ちることなんて、
ありえないのに。今後の営業活動、
どうしたらいいんだろう。
待遇はどうなるんだろう。
わたしの居場所は無くなるんだろうか…
考えれば考えるほど、お腹が痛くて
涙が止まらない。
食べ物が喉を通らない。
飲んだ水もすぐに下す。
トイレから出られない。

気がつけば、わたしは月曜日になっても
出社できず、課長に「体調が悪いので
休ませてください」とメールを送るのが精一杯。
折り返しでかかってきた電話にも出られず、
泣きながら車に乗って得意先まで行って
何もせず帰るだけの日々…

*

そんな中、救いになったのは
幼い頃からずっと仲良くしてくれている
看護師のお姉さんでした。
『まいちゃんどう、元気にしてる?』との
メールに、突然電話して。
「もう無理 死にたい 助けて〜〜!!」と
得意先の駐車場の車の中で
大泣きでした。

お姉さんはすぐに大ごとだ、と対応してくれて
自分だって仕事で忙しいのに、
上司の携帯番号を聞き出し 上司に直接
今どんな状態かと説明をしてくれました。
『あのね、このままじゃいつ死んでも
本当におかしくないけん、とりあえず
わたしに任せり!上司に頼り!
死んだら何にもならんのやけんね!!』って
すっごくすっごく頼もしかった。

電話で詳細を聞いた上司もとても心配してくれて、
『明日、一緒に精神科に行こう。
何か必要なことがあるなら対応できるから』と
優しく優しく声をかけてくれた。
わたしは泣きべそをかきながら、
次の日課長と一緒に精神科へ。
なんとも豪快な先生が言い放ったのは、
『うん、この環境にいるのが悪い!
適応障害だね!早く暖かいところに
戻りなさい!』とのことだった。

*

確かに、わたしは
自分の力よりチャレンジングな環境で
なんとか成功しようと
無理をしすぎたのかもしれない。
試験には落ちてしまったけど、暖かいところで
また試験を受け直してもいいのかもしれない。
秋田県で頑張らなきゃと もがいていたけれど、
違うところでやり直してもいいのかもしれない。
そう思うと、肩の力がふっと抜け
涙がポロポロとこぼれました。

上司がまたとても理解ある方で、
その話を一緒に聞いてすぐに
人事にわたしの異動を申し立ててくれて。
あっという間に4月から長崎県に移動することに
なりました。

*

試験は落ちたけど。
また新たな環境でちゃんとやり直そう。
前を向いたその日。

信じられないことに、研修担当の先生から
認定試験のお知らせがあり…

「追加合格」したとの話でした。

なんと、一度不合格になった試験で
繰り上げ合格が発生したそうで、
その一部にわたしも含まれていた、とのこと。

もう、嬉しくて嬉しくて
涙で前が見えませんでした。
4月から、ちゃんとMRとして活動できる。
やり直せる。
わたしを取り巻く全てに、
感謝の気持ちが止まりませんでした。

社会人2年目、4月から長崎県に異動したわたしは、
秋田で失敗した悔しさをバネに
一花咲かせることになります。

続く…→〜地獄の中で支えになった人〜

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