双極性障害とわたし〜急性胃腸炎で入院〜

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*第一章 うつ病とわたし
1.〜精神疾患とは無縁だった学生時代〜
2.〜初めて死にたいと泣いた日〜
3.〜初めての精神科、適応障害〜
4.〜地獄の中で支えになった人〜
5.〜長崎県での返り咲き〜
6.〜0か100か〜
7.〜仕事と結婚どっちを取るか〜

*第二章 結婚と転職とわたし
8.〜長崎から熊本へ〜
9.〜福岡にて結婚式〜
10.〜大阪でのMR職〜

→前回から続きます…

大阪に来てすぐ、わたしが受けたのは
CSOという医薬品販売業務受託機関でした。
新卒で入社した会社は製薬会社であり、
その会社の営業マン(MR)として
活動するものでしたが、
今回はコントラクトMR(CMR)として、
製薬会社に派遣される形の営業職を選んだんです。
そのメリットは、全国転勤がなく
派遣されるプロジェクトごとに2年・3年と
期間限定の仕事をそれぞれのタイミングで
選べるところでした。

さて、6月から久々のMR活動開始…と
思ったものの、やはりわたしの身体には
無理だったようで。
出勤し始めてすぐ、腹痛に悩まされることが
多くなりました。
朝、出勤しようとするとお腹を下して
家を出られない。会社に着くと、
デスクに座れずトイレに駆け込んでしまう。
そんな症状が続き、入社半年も経たない頃に
急性胃腸炎で入院するハメになりました。

そこで心療内科にかかり、初めて
双極性障害との診断を受けました。
わたしの今までの社会人人生は、
躁状態とうつ状態を行ったり来たりの
繰り返し。これを乗り越えなければ
いけないんだ、と受け止めました。
ここからわたしの第三章が始まります。

*

CMRとして活動していたため、
CSOの所属先の上司にも非常に心配をかけ、
派遣先の会社にも多大な迷惑をかけてしまいました。
本当は、大好きなMRの仕事を頑張りたいのに。
気持ちは前向きでも、身体が言うことを聞かず。
絶食が続き絶食の中でも水を飲むと
すぐに下してしまい…
少し体調が回復し、
退院してすぐ、上司に相談し
MR職からは身を引くことを決断しました。

この時、意外と絶望感はなく
新卒1社目でも200%の力を出したけれど
上手くいかなかったこと、
今回リベンジしようと思ったけど
どうしても身体がついてこなかったことから、
MRという仕事に対し
「わたしにはできない仕事なんだ」と
諦めがつきました。

*

本当は、MRとして現場の第一線で
バリバリと仕事をしたかった。
医療の現場で、患者さんのためにと
日々努力を重ねたかった。
でも、どうしてもそれは叶わない。
後悔なく、やれるだけのことはやりきった、と
いい経験になったと締めくくりました。

いろんな人に迷惑をかけてしまった過去を反省し。
わたしは、自分の気持ちがあがり
楽しく特には気楽に取り組めるような、
仕事50% プライベート50%で勤務できるような、
そんな仕事を求めて
今後は美容系の販売職に就くことに決めました。

続く…→〜美容コスメの販売員〜

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